カフェオレの泡

浮かんでは消えていく泡のようなもの

【読書日記】2023.10.18(水) 『せいいっぱいの悪口』

約束の時間を間違え、30分以上も早く到着してしまう。
堀静香の『せいいっぱいの悪口』を読んで時間をつぶす。
中高の非常勤講師のかたわら、歌人として活動する堀さんのエッセイ。
日常で起こるできごとを呼び水に、目の前の事象と過去を行ったり来たりしながら、細やかな心の機微が丁寧に綴られている。
ある日、合唱コンクールの練習をみていた堀さんは、生徒の歌声に圧倒される。

 愛とか信じるとか生きるとか、そんなかんたんに言うな、と思って泣く。そんな一生懸命歌ってくれるな。泣いてることを知られたくなくて、舞台から降りて自分の前を生徒たちが通る前にサッと指で濡れたまぶたを拭う。すごくよかったよ、という大人の顔でアイコンタクトを送る。
 わかってないからいいのかもしれない、とも思う。愛も希望も未来も平和も幸福も、信じられずにそのまま歌う。けれどどういうわけかこちらにやってくるその歌声は、こんなにもまっすぐ届いてしまう。

出典:堀静香『せいいっぱいの悪口』(百万年書房)

堀さんが書いていることを、乱暴にまとめるなら「葛藤と混乱そして肯定」とでもなるだろうか。
彼女の文章は「なんかわかるなー」の感覚を与えてくれる。

映画やドラマに、こうした無意味なシーンが描かれないことを、よく思う。すべてのシーンには意味があり、ほんの些細な描写もひとたび描かれれば、それは後に重要な伏線になる。でもそうじゃない。ほんとうに見たいのは、登場人物の思いも欲望もその動作からは見えないような、そういうひとコマなのだ。感情に左右されない情景描写、それはただの情景かもしれない、そしてわたしはそれが見たい。

出典:同上

ただの情景の中に向ける眼差しに宿る切実さに、自分の中の何かがじんわりと熱くなる。
良いエッセイを読む喜びを本書は教えてくれるようだ。


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