カフェオレの泡

浮かんでは消えていく泡のようなもの

【読書日記】2023.10.10(火) 「愛のごとく」

娘の脚にひどい発疹が出ている。
週明けの幼稚園には行き渋ることもあり休ませる。
生き渋りの原因は、週に1度の週初めにある給食弁当らしいこともわかった。
食べられないものばかりらしい。
妻が娘を病院へ連れていくと、手足口病と診断され帰ってきた。
一昨日少し発熱していたのもこれだったのかと思い至る。
処方された薬を塗って様子を見て、明日の登園は問題ないとのこと。

昼食は相変わらず冷たい蕎麦だ。
もみじおろしを混ぜて食べる。
もみじおろしは薬味として優秀過ぎるのではないか。
可能性を感じる。

スーパーで今日もチョコあ~んぱんを買う。
できるだけたくさん買って、製菓担当者に在庫を増やしてもらうという企みを実行している。
今日は売り場にあった5個のうち、3個購入した。
5個全部いってもよかったのだが、チョコあ~んぱんを買い求めに来た人のために残しておいた。
毎回買い占めてしまうと、常に売り場にない事になってしまうので、それはそれで良くないという判断だ。
あやふやな記憶だが、駐車場のタイムズは回転率40%を目標にしているらしい。
満車ではなく、回転させて常に空いている状態を作らなければいけないのだ。
チョコあ~んぱんも同じだ。
売り切れではなく、常に売り場に在ることが望ましい。
何度も言うように、いちばん好きなお菓子はチョコあ~んぱんだ。
ストックしている中から一箱頂いた。
食べながら山川方夫「愛のごとく」を読む。

私はいつも自分にだけ関心をもって生きてきたのだ。自分にとって、その他に確実なものがないもなかったので、それを自分なりの正義だと思っていた。私はいつも自分を規定し、説明し、自分の不可解さを追いかけ、自分をあざけり軽蔑してくすくす笑いながら、つきあう。それが可能か不可能か、それは別のことだ。ただ私はそうしたいと思っていた。そのせいかどうかはしらない。私にはいつも自分はもっとも嫌いな他人だった。私は自分が誰も愛せないのを確信していたのだ。

出典:山川方夫「愛のごとく」(講談社文芸文庫ワイド『愛のごとく』所収)

自分以外の他人に興味を持てない男が、過去に関係のあった古い女友だちと再会したことを機に再び関係を重ねるようになり、自分の在り様がゆらいでいく様が描かれる。
ぞわぞわとした感覚を味わえる良い短編だった。


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