こんな夢を見た。
午前の業務を終え、昼食を取るために事務所の入っているビルを出た。
八月の陽射しはあまりにも容赦なく、道行くすべての人がラクダに見える。
僕はオアシスを求めるかのようにオフィス街をさまよい歩き、目に留まった大衆食堂に入った。
10席ほどのカウンターと4人掛けのテーブル席が6つ。どちらも半分ずつくらい空いていたが、一人客の僕はカウンターに通された。
12:00。
壁の高いところに据え付けられたテレビの中では、フレッシュな青年コンビが、おそろいのジャケット姿で定番の曲を踊りながら唄い始めた。
定番?いつの時代だ。
サングラスをかけた司会者が登場し、斜めになったご機嫌をまっすぐに修正してくれる。
間違いない。「笑っていいとも」だ。
特別番組でもやっているのだろうか。それともいよいよ僕の頭も暑さでやられてしまったのだろうか。
そんなことを考えているうちにアジフライ定食が来た。
テレビのことは忘れてランチに集中しよう。
そう思って定食の味噌汁を一口飲んだその時、僕の耳に入ってきたのは信じがたいフレーズだった。
「今日のゲストは初登場、村上春樹君です」
今日のゲストは村上春樹君です?
そんなことがあるのか?
テレフォンショッキングに村上春樹?
画面に登場した男の右手には丸めたポスター、左手にネームプレート。
そこには確かに「村上春樹」と書いてある。
「タモさん、ご無沙汰してます」と照れくさそうに笑うその男は確かに村上春樹だ。
新しい小説を書いたんですよと、広げたポスターは『海辺のカフカ』。
「15歳の気持ちになって書いたんです」と言っている。
スタジオには出演を祝う花がたくさん届いている。
スコット・フィッツジェラルド、レイモンド・カーヴァー、レイモンド・チャンドラー。
それからスタン・ゲッツにチャーリー・パーカーにビリー・ホリディ。
村上春樹に影響を与えた小説家やジャズプレイヤーたちが笑っていいともへの出演を祝している。
村上春樹とタモリはジャズの話をし、パスタのレシピの話をし、旅の話をして笑っていた。
それは夢のような光景で、あっという間の15分だった。
終盤、スタジオの客席に対して100人中1人だけが該当する質問を考えるコーナーがあった。
村上春樹は少し迷ってこう言った。
「今日の朝から今までの間に、アジフライを食べた人」
僕じゃないか。
僕は目の前にあったボタンを押した。何度も連打した。
それは注文用の呼び出しベルだったようで、店員さんがやってきた。
しかたなく僕はご飯をおかわりした。
スタジオの結果は該当者ゼロ。村上春樹は「カキフライにすればよかったかな」とぼやいていた。
春樹、ゼロじゃない、ここにいるぞ。
アジフライを食べた男がここに。
だからタモさん、春樹にオリジナルの携帯ストラップをあげてくれ。
その声は届くはずもなく、最後のコーナーへと移っていく。
最後のお友達紹介でも信じられないことが起こった。
村上春樹がお友達として挙げたのは僕の名前だった。
「昔から僕のことを支えてくれてる大切な友人なんです」
夢でも現実でもどっちでもよかった。
物語は解釈できないからこそ物語なのだ。
アナウンサーが電話を手に取り、ボタンをプッシュし始める。
静寂のあと、カウンターの上に置いていた携帯電話が鳴った。