カフェオレの泡

浮かんでは消えていく泡のようなもの

【読書日記】2023.6.9(金) コーヒーのある風景

今からもう10年以上も前のことになる。
なんやかんや仕事が大変で、ストレスフルな日々を過ごしていた。
なんとか状況を変えたかったものの、どうすればいいのかわからずにもやもやした日々を送っていた。

当時は転職なんて考えたこともなかったし、妻のお腹の中には長男がいた。
借り上げ社宅に住んでいたので、退職には引越しを伴うというオプション付きだったこともあり、何も動けないなと思っていた。

その頃私は会社から徒歩15分の所に住んでいて、歩いて通勤してた。
通勤ルートの途中には昭和風情の小さなJAZZ喫茶があって、気になってはいたものの、なんとなく入りづらくてただ通り過ぎるだけだった。

ある晩、とある飲み会の帰りに、ほろ酔いでその店の前を通りかかった。
ドア越しに聴こえてくる音楽が、いつもより大きい気がした。
その音に導かれたのか、酔いが手伝ったのかはわからないが、とにかく私は初めてその店に入ることにした。
何かを求めていたのかもしれない。

店内でかかっているジャズが心地よく、素敵な空間だった。
私の他にお客さんは3人か4人、それぞれの時間を過ごしてた。
1杯のビールを時間を掛けて飲んだあとに、ホットコーヒーを注文する。
これを飲んだら帰ろうと思っていた。

マスターが丁寧に淹れてくれたコーヒーを飲みながらゆったりと聴くジャズは、日頃の疲れをしばし忘れさせてくれるようだった。

ジャズのメロディーはインプロビゼーションと言って、基本的にアドリブで成り立っている。
決まったメロディーラインがあるわけじゃない。
コード進行に沿って、即興で音と音を紡ぎメロディーを作っていく。
プレイヤーの意志に委ねられている自由な音楽だ。

そんなジャズのメロディーの在り方に、気づけば私は自分の人生を重ね合わせていた。
あっちに行ってもいいし、こっちに行ってもいい。
縛られることはない、自由でいいんだと。
プレイヤーは自分なんだと。

その日から私は転職の準備をすることにした。
あの一杯と、そこで聴いた音楽が人生を変えたといえば大げさかもしれない。
けれども、温かいコーヒーを飲み終えたとき、心がすっと軽くなったあの感覚は忘れられない。

今でもときどきコーヒーを飲みながら、あの店のことを思い出す。


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