カフェオレの泡

浮かんでは消えていく泡のようなもの

【読書日記】2023.4.19(水) サンフレッチェ広島 vs ヴィッセル神戸 あるいは2023年のサンフレッチェ男

 


昨年のGWに久しぶりのJリーグ観戦に行って
から、1年が経とうとしている。
あれ以来、サンフレッチェ広島の試合の度にせっせこせっせことスタジアムに足を運んでいる。
昨シーズンはファンクラブに入会し、今シーズンは年間パスも購入した。
ほぼすべてのホームゲームに行けて、自分の席がある。
もっとも家族と行くときは自由席に座るので、自分の指定席に座る機会がなかなかない。
ひとりで観戦に行くのは平日のナイトゲームくらいだ。
今日がその日だった。

 

駅まで自転車をこぎ、電車に乗ってスタジアムへ行く。
平日の夜なので、土日のゲームに比べると人は少ない。
それでも忙しい平日の夜にわざわざ来ているくらいなので、ここにいる人たちはよほど好きな人なんだろうと思う。私も含めて。
そう思うと妙な連帯感のようなものが湧いてくる気がする。
不思議なものだ。

19:03、キックオフ。
今日のゲームはリーグ本戦ではなく、YBCルヴァンカップ。昔で言うところのナビスコカップだ。
対戦相手はヴィッセル神戸
2週間前に行われたアウェイ戦では5-0で解消した相手だ。
とはいうものの、ヴィッセルは今季、現時点でリーグ1位。
強敵なので油断はならない。

しかし今年のサンフレッチェは攻撃力が増し、勢いもある。

負ける気がしない。
ただ決定力に欠けるところがある。
今日のゲームもそんな感じだった。
序盤からサンフレッチェのペースで試合が進み、終始ボールを支配し攻め続けるも得点には結びつかないまま前半が終了した。

後半の試合展開も前半同様、サンフレッッチェのペースで進むものの点は入らない。
そうしているうちに試合が動いた。
ヴィッセルにPKを与えてしまい1失点。
選手を交代し、いよいよ本気モードが増してきたサンフレッチェは、キャプテン佐々木のゴールですぐに同点に追いつく。
だがゴールの瞬間、試合が止まった。
フリーキックにヘディングで合わせゴールを決めた佐々木と、相手のゴールキーパーが激しく錯綜し、両選手が倒れている。
どうやら頭同士がぶつかったようだ。
幸いにして両選手とも無事に立ち上がった。
しばらくの中断ののち両者を讃え、ゲームは再開した。

そしてこの空白のあいだ、私は考えるともなく考えていた。
それは昨年来ずっと考えていることでもあった。
なぜ私はここにいるのだろうかと。
何にこんなに魅了されて、毎試合このスタジアムへ来てサッカーを観ているのだろうかと。
それがなんとなくわかったような気がした。
試合とは全然関係のないところで、一人で勝手にエウレーカしていた。

サッカーのピッチはきっと鏡なのではないか。
この四角いフィールドは自分自身を映す鏡なのではないか。

敵と味方に分かれた22人の選手たちが、ひとつのボールを追いかける。
蹴って走って、走って蹴って。
パスをつないで、相手のゴールに蹴り込んで。
右サイドから攻めたり、左から攻めたり。
作りだしたスペースに後ろから長いボールを入れて、相手のスキをついたり。
そこには戦略があって、戦術がある。
一人ひとりにポジションと役割がある。
これが駄目なら次はこれで。
それでもだめならその次はこれで。
あの手この手でゴールを狙う。
ピッチを縦横無尽に動く選手は、まるで脳内をせわしなく駆けまわる思考のようだ。
それでいて、生きていることそのものにも思えてきた。
選手一人ひとりが、自分の分身であり分人であり。

攻める時間があれば、守る時間もある。
耐え続ける時間もある。
大量得点の時もあれば、1つの失点に泣く時もある。
105m × 68mの四角いフィールドは、脳内を映し、生き様を映している。
そんな気がしたのだ。

サッカーのフィールドには選手だけでなく審判もいる。
主審が一人と、副審が二人。
主審はピッチの中で試合が円滑に進むように、試合の流れをコントロールしている。
副審はピッチの外から少しだけ出たところで、主審を補佐しつつライン上の判断を行う。
中立の立場で、思考が偏りすぎないように、あるいはいきすぎないように機能する理性のようなものではないか。
でも審判だって人間で、ジャッジを間違うこともある。
けっこうある。

それぞれがそれぞれの役割を果たしながら、ゲームは進行していく。
そしてそれを観客席で観ている自分がいる。
鏡を見るように、遠くから俯瞰してみている自分がいる。

僕がみているのは、サッカーの試合であり、自分自身の内面なのだと気がついた。

気がついたときには、途中出場のルーキー中野が逆転のゴールを決めていた。

帰りの電車の中で、持ってきていた本を読もうと思ったけど、やめた。
だから今日は読書日記ではなくなってしまった。
そんな日があってもいい。