長い春休みがやっと終わった。
卒園式からの入学式、入園式と続いて、3人の子どもたちがそれぞれ学校、幼稚園に行き始めた。
とくに一番下の娘が幼稚園に通い始めたのは大きい。
ひと段落した感が大きい。
かなり大きい。
そして家が静かだ。
ユートロニカだ。
最近は小川哲の『ユートロニカのこちら側』を読んでいる。
直木賞を受賞した『地図と拳』を読むための助走として、例のごとくデビュー作から刊行順に読んでいく最初の一冊だ。
道のりは長い。
さて、『ユートロニカのこちら側』は、巨大情報企業による実験都市、アガスティア・リゾートを舞台にしたSFだ。
アガスティア・リゾートの住民は、聴覚や視覚、位置情報などすべての個人情報を提供する代わりに豊かな生活が保証される。
誰もがうらやむ生活だが、果たしてこれは理想郷なのか。
今日読んだのは、殺人課の刑事、スティーヴンソンが出て来る場面だった。
スティーヴンソンはベテランの刑事だが、かつて寮で生活していたことがあり、オリビエという同僚と相部屋だった。
オリビエは温厚な人物だったと、スティーヴンソンは評価している。
オリビエは、腹の立つことや理不尽なことがあっても、一度冷静になって頭の中で裁判を行う。
頭の中で、原告のオリビエと被告のオリビエが出廷し、両者を超えた哲学的な存在としての裁判官が判決を下すということらしい。
オリビエの性格を表す例として、オリビエが留守の間に、スティーヴンソンが当時交際していたガールフレンドを部屋に連れこんだときのエピソードが紹介される。
酒を飲んで眠たくなったスティーブンソンは彼女を、オリビエのベットに寝かせたまま、朝を迎えることになる。
翌朝、オリビエは床でコートにくるまり寝ていて、さすがにまずいと思う。
しかしオリビエは彼女に対し、シーツを取り替えていなかったことを謝ったうえに、飲み散らかした部屋の掃除までしていたという話だ。
これをみて、なんとなく村上春樹の『ノルウェイの森』を思い出した。
主人公のワタナベも大学の寮で暮らしていて、二人部屋の相方に突撃隊という男がいた。
突撃隊は「病的なまでに清潔好き」だった。
そして何よりも突撃隊を想起させるのは、『ユートロニカ』のオリビエがある春の異動で麻薬課の新しい突入部隊に転属となるのだ。
まさに突撃隊だ。
小川哲は小説を書く際に、ひとつの文章でもなるべく複数の意味を持ちうるように書くと語っている。
たとえばひとつの場面を書くとき、その場面が小説全体のテーマやモチーフと呼応していたり、構造的に相似やフラクタルになっていたりというような意味を持たせたいと。
そういうことからすると、このスティーブンソンとオリビエの関係は、ワタナベと突撃隊の関係と共鳴関係にあるとみても間違いではないだろう。
一種のオマージュなのかもしれない。
村上春樹と言えば、6年ぶりの長編が13日発売になる。
こちらも楽しみのひとつだ。