カフェオレの泡

浮かんでは消えていく泡のようなもの

【読書日記】2023.5.9(火) パスタの適量がわからない

数日前に予約本確保のメールが来ていたので、夕方、図書館に寄った。
「本日は休館です」
まさか火曜日が休館だなんて。
ゴールデンウィークの代休ということらしい。
まあそうだよな。
仕方がないのでヤクルト飲んだ。
ヤクルトは数多あるヤクルトもどきと全然違うよな。
値段が違うのも納得の味。
王者の風格を感じながら図書館を後にする。

昨日作ったボロネーゼが残っていたので食べる。
二日目のボロネーゼも美味しい。
ところでパスタの量ってどれくらいが適量なんだろうか。
一人前100gじゃなんだか少ない気がして、かといって200gまでいくとさすがにやりすぎたなって量になる。
あいだをとって150gでもちょうどいいよりちょっと多い気がする。
じゃあ120gとか130gで調整ってことになると、計ってられねーよってなるから困ったもんだね。

ヤクルト、パスタときて、この流れの先にあるのは村上春樹だろう。
バース→掛布→岡田のクリーンナップ、あるいはウィリアムズ(J)→久保田(K)→藤川(F)でJFKによる継投リレーのように。
例が往年の阪神タイガースであることは大目に見てもらいたいところだ。
ヤクルト→パスタ→村上春樹ということで、短編集『パン屋再襲撃』所収の「ねじまき鳥と火曜日の女たち」を参照してみる。
なんといったてこの小説は、男がパスタ、いやスパゲティーをゆでる場面から始まるのだから。
いや、驚いたよ。

僕はラジオの音楽を聴きながら、その二百五十グラムの麺を一本残さずゆっくりと胃の中に送り込んだ。

大食漢だった。
120とか130とかみみっちぃこと言ってた自分が恥ずかしくなるくらいに。
朝の十時半に250グラムのスパゲティーを平らげる男を前にもう一冊参照してみる。
長編『ねじまき鳥クロニクル』は「ねじまき鳥と火曜日の女たち」がもとになった作品でもあるので、冒頭の同じシーンを念のために確認してみる。

残念ながらスパゲティーの量には言及されていなかった。
全体的に文章が洗練されていて、スパゲティーを食べるところはさらっとした描写があるだけだった。
3巻も及ぶ大作なので、スパゲティーの量なんてたいした意味を持たない、あるいは持たせる必要のない文章はそぎ落とされてしまったということだろう。

逆に言うなら、短編の方の250gというのが男または村上春樹にとってのリアリティを持った量なのかもしれない。
さすがに多すぎだろうとは思うけれど。

お腹が空いたときは、大胆に250グラムをゆでてみることにしよう。
BGMは「泥棒かささぎ」だ。

 

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