カフェオレの泡

浮かんでは消えていく泡のようなもの

【読書日記】2023.6.23(金) 「軍国歌謡集」

クリティカルヒットの短編に出会った。
山川方夫「軍国歌謡集」。
ポプラ社が出している百年文庫シリーズの1冊に収録されていた。
読書の幅を広げるのにうってつけなのがアンソロジーだ。
面白い短編を求めて、アンソロジーをときどき読む。

主人公・佐々木が大学生の頃に友人の下宿に転がり込んでいたときのことを回想する形式で、物語は語られる。
「朝鮮の戦争が、さんざん難渋した板門店での調印で、やっとケリがついた年」とあるから、1953年のことだ。
映画のエキストラをしていた友人「大チャン」のアパートで暮らし始めて間もない頃のある夜、外から若い女の歌声が聞こえてくる。
それから毎晩、夜の十時前後になると軍歌を歌う声が通り過ぎていく。

だが、毎晩のように、その女の歌声は、森閑とした夜の闇の奥からはじまり、足どりと調子を合わせながら、テンポ正しく窓の下を通り過ぎる。酒を飲み、大声でしゃべりあっている私たち——といっても、しゃべっているのは、ほとんどつねに私だけなのだが、——は、なんとなく黙ってその歌声に耳をすませたりした。小さな、しかし可憐に張りつめたものを感じさせる声音に、奇妙に哀切な感動を感じていたのかもしれない。私たちは、ときにはその繊弱な、か細い緊張した歌声に合わせて、「神風特別攻撃隊」や「学徒出陣の歌」や「丘の夕月」を、われ知らず小さく口ずさんだりするのだった。

女の歌声が聞こえてくるようになるまでは、佐々木が毎夜披瀝する美術論に感心していた大チャンの関心は、次第に女の歌声に移ってしまう。
おもしろくない佐々木は、女の顔をみてやろうと企て実行する。
歌声に魅入られた大チャンと、それを引いた眼でみる佐々木。
そしてある日、佐々木はプールで歌声の女とばったり出くわす。
ここからちょっとずつ関係がずれ始めて、展開が面白くなっていく。

なにげなく読み始めたが、最初から最後まで一部の隙もない仕上がりだった。
これが生前未発表というから驚いた。

山川方夫はいわゆる第三の新人と同時代の作家ということになるだろうが、まったく知らなかった。
他の作品にも手を伸ばしたいところだ。
時間が足りない。