カフェオレの泡

浮かんでは消えていく泡のようなもの

【読書日記】2023.3.29(水)『おいしいアンソロジー おやつ』


毎年、年末になるとミスタードーナツの福袋を買う。
タオルやカレンダーなどのグッズとドーナツ引換券が入っている。
何パターンかあって、金額ごとに引き換えられるドーナツの個数ともらえるグッズの数が違っている。
20個、30個、50個とあるなかで、我が家では30個のものを買う。
年が明けると張り切ってドーナツを買いにいく。
しかし2月、3月と時間の経過と共に引換券の存在は忘れられることになる。
引換券の有効期限が迫って来た5月の中頃になってようやくその存在を思い出し、あわてて残りの20個を買いに行くことになる。
ここまでがミスド福袋をめぐる黄金パターンだ。
昨年は慌てて買いに行った最寄りのミスドで、同じように黄金パターンにはまった知人と遭遇した。

何年も同じことを繰り返した反省から、今年は計画的な運用を実施した。
一年の計は元旦にあり。
我が家ではミスドに行くと5人分7個のドーナツを買う。
内訳はこうだ。
私1、妻1、長男2、次男2、長女1。
オールドファッションハニー、シュガーレイズド、ハニーディップ、ストロベリーリング、チョコレート、チョコレート系のポンデリングエンゼルフレンチ
たまに入れ替えはあるものの、これが定番となっている。
月に1度7個なので、約4ヶ月で引換券を使い切る計算、このプランを実行することにした。
すると、だ。なんと3月末の現時点で引換券のすべてを使い切ることになった。
一か月も前倒しで。
一年の計は元旦にあり。
PDCAサイクルのDはドーナツのDだ。

 

さて、ドーナツといえば村上春樹だ。
村上春樹の作品には、ドーナツがたびたび登場する。
もっとも村上春樹に言わせると、ドーナツではなくドーナッツらしいが。
とにかく小説にもエッセイにもよく出て来るアイテムのひとつだ。

 

例えば、「図書館奇譚」という短編がある。
ある日、主人公の「僕」が図書館に本を返しに行くと地下へと案内され、そのまま地下室に閉じこめられてしまう。
そこで出会うのが村上ワールドではおなじみの羊男で、「僕」と羊男は脱走を企てる。
脱走の前に羊男が持ってくるのがドーナツだ。
と、ここまで書いて気がついた。
「図書館奇譚」の中では、ドーナッツではなくドーナツと記述している。
この際どっちでもいい。
というかもともとどっちでもいい。
羊男は「何かをするにはまずおなかをいっぱいにしなくっちゃ」と言って、ドーナツを一人で6個も平らげる。
いくらなんでも食べすぎだろう。
ミスドの店員さんも、お持ち帰りの箱に詰めながら、まさかこれを一人で食べるとは思ってもいないだろう。
もしも我が家がみんな羊男だったとしたら、30個分の引換券がたった一回でなくなってしまう計算だ。
羊男じゃなくてよかったとつくづく思う。

 

そして今日読んだのは、だいわ文庫の『おいしいアンソロジー おやつ 甘いものでひとやすみ』だ。
タイトルの通り、いろんな作家が自分の好きな甘いものについて書いたエッセイを集めたアンソロジーだ。
このなかに村上春樹の「ドーナッツ」も収録されていた。

村上春樹は甘いものはあまり好きではないが、ドーナッツだけは例外らしくときどき食べたくなるのだそう。
それはいいとして、春樹はいきなりかましてくる。

思うんだけど、現代社会においてドーナッツというのは、ただ単に真ん中に穴のあいた一個の揚げ菓子であるに留まらず、「ドーナッツ的なる」諸要素を総合し、リング状に集結するひとつの構造までその存在を止揚されているのではあるまいか

 

意味不明だ。
春樹もきっとそう思ったのだろう、こう続く。

 

えーと、だから早い話、ただドーナッツがけっこう好きなんだということです。

 

そうだろうな。ごちゃごちゃわけのわかんねえこと並べてんじゃねえよ、と思いながら読み進めると、興味深い記述がでてくる。
ドーナッツの穴をいつ誰が発明したかご存じであろうか、と問うてくるのだ。
これ以上書くと、たった3ページのエッセイ、すべてを書いてしまうことになるので割愛するが、ちゃんとした本に書いてあったそうだ。

へーと思いながら、今週末の家族の予定を確認し、ミスドに行くタイミングを伺っているのである。